やべぇなと、つらい経験をした際は喜べるほどのチャンス

おはようございます。 

いやー、本当に人生というものはうまくいかないことが多いですね。信念をもって取り組めば取り組むほど、こけた時の反動が大きいです。

 

しかし、僕はフルスイングでストレートを打ったとして、それを避けられカウンターで顎にパンチをもらって倒れたとしても、また立て直すことができます。

 

これは、とにかく楽観的にフルスイングで行動して、失敗しまくってきた馬鹿だからこそ耐性が付いているということや、学びが大きいということを知っているからです。

 

例えば、どう考えてもリスクがある状況に対して、求める結果を得られたとしたらおもしろい、あまり類がないだろうな。ということに関してはとにかく動きます。

 

だから失敗は多いですが、とにかく学びは大きいです。

 

この記事を読んでいるかたは、そんなことより、つらい経験をどうポジティブに捉えるかを教えてくれよとお考えだとおもいますので、本題に入っていきます。

 

 

つらい経験をポジティブに乗り切って何かを得るまでは動き続ける

 

つらい経験をしたら、「終わった」など、一区切りをつけたいとはおもいますが、実はこの瞬間からが勝負なのです。

 

図を見てください。

 

この図のように、つらい経験を壁にぶちあたったという表現をしてしまえば、そこで立ち止まってしまいます。

 

なので、落とし穴を発見したと思えば、自分の頭の中で考えるべきことと、考える必要がないことが明確になっていきます。

 

すると、自然といままで自分のとったことのない行動をとるようになっていき、自分の中で聖地と感じる事柄を発見することができるということです。

なので、失敗やつらい経験をしたら、それは落とし穴をみつけてラッキーと思うべきなのです。

落とし穴に落ちれば落ちるほど、自分の中での「聖地」を絞り込んでいけます。

ここで何が大切かというと、なぜ落とし穴であったかということをしっかり自分の脳で整理しておくということです。

 

例えば、投資案件で失敗したとしたら、「勉強不足だった」「他人まかせであった」などそういう理由が出てきます。

この経験からも、投資をするのであれば、他人まかせではなく、その投資の実現性を自分である程度計算できるように勉強したり、マーケットの規模を調べたりと自分でやるべきことをしたうえで話をしないと。というレベルまで落とし込めるはずです。

 

これがいわゆる自分の中での聖地であったり、学びの種になります

 

落とし穴として考えないで、壁としてとらえてしまうと、「どうせ人を信用しても嘘だし」「みんな自分のことしかかんがえてねぇのかよ」みたいになってしまいます。

 

 

落とし穴を避けて聖地にたどり着いた感覚こそ最重要

 

つらい経験をした際は、どうしても壁のように感じてしまいがちです。

うわ、行き詰った・・とか、人生つんだ・・・とか

しかし考え方を変えてみましょう。

 

ぼくらは永遠に生きることはできないですが、この落とし穴の内容は来世につなげていくことができます。

 

宗教ちっくな話になりますが、成功とか幸福とは、なにをしないか?ということを明確に持てている状況なので、この何をしないか?という習慣を伝えていくことによって、来世に幸福を与え続けることができるのです。

 

つまり、失敗やつらい経験がないまま死ぬということは、なにも生きた記録として残らないといっても過言ではありません。

 

そう考えると、つらい経験をしない人生のほうが「つらい」結果なのかもしれません。

 

ぼくをふくめ、あなたはチャレンジを通してつらい経験を通して、なにに注意して習慣をもっていかないといけないか?という信念を伝えていく必要があります。使命があります。

 

つらい経験をもらったということは、それは使命を渡されたと思って聖地にたどりつくまで行動はやめないようにお互いに頑張りましょう。

 

かならず聖地にたどり着けます。 以下の図があたまにのこるようになればあとは、人生思い切って生きるだけなので、どんなことも楽しくなってきます。

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ABOUTこの記事をかいた人

shokama

【事業】ウェブ関連・マーケティング 【生い立ち】 1987年4月生まれ。 鹿児島県育ち、現在東京都在住 なぜか引っ越し経験が特に豊富です。 鹿児島(霧島市)→熊本1箇所(夜間大学)→(大学編入)→千葉2箇所→(就職)→福岡3箇所→(転勤)→東京1箇所→(脱サラ)→千葉1箇所→東京5箇所目→石川県金沢市2018年8月~(現在合計15回目) 【仕事】 大学卒業後に大手建設、設備設計担当 2013年~ (Tfas使ってました) 2年後脱サラ(2015年7月) インターネット関連の事業を開始 2015年~