点数を取ることを忘れてみると…

「点数をどうやったら取ることができるかな

この採点ゲームに入り込むと、点数を上げることに執着することができます。

成長につながる側面もありますが、「点数を取ることへの意味」が不透明になってくると、執着することができなくなってしまうというデメリットもあるかと思います。

なので今回は「点数を取ることを忘れる」という視点で、スケールさせていくような方法を書いてみたいと思います。

点数をつける側に回る選択

人は何かしらの「点数」「評価」に依存しながら生きるという習性があるかと思います。

ということは、点数をつける人と、評価を与える人は誰かに求められるのではないか?と発想の転換をしてしまうのです。

材料は、タスク、点数、報酬

子供の頃から、タスク(任務)を与えられ、点数をつけて、そこに対して成績表、そしてお小遣いいう報酬を得ることを繰り返し味わってきたはずです。

ということは、もう脳としては、タスク点数報酬という思考回路が出来上がってしまっています。

これらの材料を、上手く活用するのです。

頑張らせて点数をつけて報酬を与える

(頑張らせて…というのは奴隷的な意味ではなく、好きなことを頑張ってもらうという意味です)

「成績を取る」いう選択は自分一人だけの話になります。

しかし、複数人の「成績を与える側」になった場合、複数人の喜びや生きがいを扱う側に回ることができます。

一人で点数を取り、一人で喜んでいると、点数を取るということの意味がなんなのか?という疑問にぶつかるはずです。

自分の生きがいを、複数人の生きがいにすることを考えてしまえば、自ずと自分の生きがいは複数人に与えてもらえるということになります。

つまり点数は取らなくていい

たとえば

歴史の試験の勉強を自分で行い、自分で高い点数を取り、その点数をおばあちゃんに見せて1万円のお小遣いをもらう

という事を、「自分で点数を取る」という例にあげます。

しかし、歴史の点数を取ることに意味を感じなかったり、嫌な場合は発想を転換してみます。

歴史の点数を取ることに頑張ることが楽しい人に、テストを受けてもらい、さすがだ!と褒めて5000円という報酬を渡すのです。

そのテストをおばあちゃんに見せて10000円を受け取り、5000円は分けて、5000円の利益を残すのです。

 「人の気持ちを裏切るのか!」

このようなことを書くと、おばあちゃんの期待を裏切るように聞こえるかもしれません。

しかし、実社会で必要とされる人間は、点数を取るだけの人ではありません。

その点数は誰が与えるのですか?という質問を自分に投げかけたときに、必ず点数を与えた人がいるから点数を求めるはずです。

「点数を自分で取ることをやめていく」そして「好きなことに頑張ってもらい、点数をつけて報酬をもらいたい人」を満たす人物は、人の承認欲求を満たす上でも必要不可欠な人物なのです。

点数を取ることを忘れ、核となる

「好きなことに頑張り、点数をもらい、報酬をもらう」ことを望む人物を100人味方につけたほうが、大きな点数になるのです。

自分が点数を取ることを一度忘れ、他の視点で物事を考えてみると、自分が頑張ることは「方向性を決めて味方をつけ、点数を振り報酬を与えていくこと」だけで、莫大な点数を取ることができるはずです。

 

(もう少し難易度のある話)

報酬とは何か?を深掘りすると、報酬系の刺激でも報酬として、成り立ってしまうことも頭に入れておきましょう。

○嫌なのに辞めれない会社

○別れたいのに別れることができない人

○DVを受けていてもその場を離れない人

○損するのに辞めれない行動

日々の苦痛→ドーパミンの異常発生→極度なストレス解消を行う→また異常なドーパミンを求める→極度なストレス解消に走る…

これのサイクルさえ、苦痛に耐えるというタスク点数→報酬(ここを自分でつけてしまう)(もしくは、ここを与えられてしまう)

…このサイクルがおきてしまいます。

これに依存してしまわないように気をつけたいところです。

スタートは「楽しいと思うことに取り組む」で始めることが重要です。

そして、点数を振っていく側は、「楽しんでもらえる環境を提供すること」がとても大切です。

つまり、今日からでも、飲食店に行った際や接客された時に、接客して楽しいと思うようなお客になることさえできれば、楽しんでもらえる環境を提供することはできるわけです。

 

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