精神的な手術の話

おはようございます。

今朝の10時近くで今起きました。

 

この話はどこかに記録したいし、誰かに共有できたらいいなとおもったので書いていきたいと思います。 おそらくこの話を読むかどうかで今後の人生は変わります。

 

正直に言います。

 

「愚か者にはわからない話ですし、読んでもらいたくもありません。今すぐ閉じて下さい」

 

早速書いていきます

 

 

手術の方法

 

手術が必要な病気になると、どのような流れで手術が進み、病気を治していきますか?

 

ステップ1 診察して、検査して、悪いところをピンポイントで見つける

ステップ2 手術日を決める

ステップ3 手術室に入る

ステップ4 麻酔をする

ステップ5 メスを入れる

ステップ6 病気の種を取り除く

ステップ7 傷口をふさぐ

ステップ8 病気が再発しないようなケアをする

 

基本の流れとして、この8ステップだとおもいます。

 

ここが大事ですが、これは「肉体」の手術の手順だけでなく「精神」の手術の手順でもあるとしたら、医者はどこにいるでしょうか?

 

 

精神科の対応

 

「それは精神科があるでしょ」という人がいるとおもいますが、次は精神科の対応についてです。

 

精神科の対応については、「カウンセリング」をして「薬」を出す。

これが主な対応だと思います。

 

先ほどの肉体的な「手術」の手順を出して、精神科の対応を照らし合わせてみます。

 

ステップ1 診察して、検査して、悪いところをピンポイントで見つける

ステップ2 手術日を決める

ステップ3 手術室に入る

 

→ステップ1 カウンセリングを行う

 

ステップ4 麻酔をする

ステップ5 メスを入れる

 

→ステップ2 薬を処方する

 

ステップ6 病気の種を取り除く

ステップ7 傷口をふさぐ

ステップ8 病気が再発しないようなケアをする

 

→ステップ3 カウンセリングを行う

 

この3ステップが精神科の主な対応だと思います。

 

 

精神的な病に薬は効くのか?

 

ここから嫌な話をしていきますので、目をつぶりたい方は画面を閉じてください。 そういう方には、聞こえない話になるでしょう。

 

ではいきます。

 

精神的なことを「薬」に頼るほど、他責なものはないと僕はズバッと言います。

 

どういうことかというと、自分で乗り越えていかないといけない精神的な壁を「薬を飲みさえすれば治る」みたいに考えているその考え方自体が「精神が弱い理由」であり、「こじらせている理由」なのです。

 

薬が効かなかったら、また別の医者に行き別の薬に頼るという行動をとる人に救いの道はないというだけでなく、「生きる精神」すら削れていきます。

 

薬漬けになればなるほど、製薬会社のカモになり、まさにドラッグ中毒者と何も変わりはないということです。

 

そして面白いことに、おそらくこの手のタイプの人ほど「薬物中毒者」に対して厳しい意見を飛ばすはずです。

 

なので、僕は言います。

「いやいやあなたもやっていることは、おなじですよ」

 

こういうのを同族嫌悪といいます。

 

精神的な病を手術する方法

 

肉体的な手術の方法をもう一度出してポイント箇所を色付けします。

ステップ1 診察して、検査して、悪いところをピンポイントで見つける

ステップ2 手術日を決める

ステップ3 手術室に入る

ステップ4 麻酔をする

ステップ5 メスを入れる

ステップ6 病気の種を取り除く(焼き切る)

ステップ7 傷口をふさぐ

ステップ8 病気が再発しないようなケアをする

 

ずばり、シコリを取るためには「麻酔」をするくらい痛いことをしないといけないわけです。

肉体的な手術は、麻酔というものがあるため、寝てればいいわけです。

 

しかし精神的なケアをする際、取り除かないといけないシコリに触れようとすると、「精神的な痛み」から逃れるように、人の声が届かなくなったり、反発したり、頭が痛くなったりと、とにかく逃げるような現象が起きます。

 

これは必ず起こります。 反対に言うとその反発があればあるほど「シコリ」の場所をとらえることができているということです。

 

 

精神的なしこりを取る際に「麻酔」というものはありません。

なので、何が麻酔の代わりになるかというと【好かれて受け入れさせること】です。

 

ということは、最初のコミュニケーションの部分は好かれながら、ばれないようにシコリを探るということが必要になるでしょう。

 

そして、シコリが分かったら、いつどれくらいのタイミングでその傷に触れていこうか?ということを考えます。

 

それも精神のシコリに触れていくわけですから、病を認識させないといけません。

 

例えば「肩がいたいから手術をした」という人は「肩が悪い」ことが分かったから【治す意思が湧いた】ということです。 

 

これはフィジカルな話なので、精神的に置き換えると、この言っている意味がわかりますよね。

 

 

精神的な病の種にメスを入れる瞬間

 

肉体的な手術をする医者は麻酔をかけているわけですから、メスを入れることに対して、直接的に本人に嫌われるということはありません。(麻酔を終えた後の結果だけがわかるので)

 

しかし、精神的な病の種にメスを入れるという行為は、「精神的な痛み」を麻酔なしで切り裂いていくわけですから、反発、嫌われる可能性がほぼ100パーセントです。

 

そこに対して、麻酔(好かれていること)をしていると、ピンポイントで精神的なしこり種に声が届き始めます。

 

ここで、精神的なやまいの種に触れることができ、シコリは消えていき、次の精神へと進化がおこりはじめるというイメージです。

 

 

精神的な医者はほぼ皆無

 

人の精神に触れに行くということは、誰もやりたがらないことです。

なぜなら少しでもアプローチを間違えば「おせっかい」と思われるからです。

 

しかし、「おせっかい」と自分が思われることにびびっていると、その人は、シコリを持ったまま放浪することになるわけです。

 

なので、本当に気持ちがあるのであれば、「精神をえぐってでもシコリにメスを入れる」ことをかんがえないといけないと僕は思います。

 

こんなことできる人は一握りですので、これをするだけでも「医者並みの必要性」を感じてもらえることは間違いありません。そう簡単には手放せません。

 

精神的な医者は、ドラッグ依存症にすることもできれば、シコリをえぐってでも治しにいくこともできるはずです。

 

あなたが精神的医者であるという自覚があるのであれば、患者をドラッグ依存にさせて楽をすることを考えてはいけません。

 

バランスを取りながらしこりをえぐり取ってあげましょう。

 

そして、精神的に弱い人は、つらいけど効果ある「医者」のいうことを聞いて、自分で自分を変えていく努力を行うことで、その精神は鍛えあがっていくでしょう。

 

間違えないでください。 依存ではありません。 共存です。 

医者がすごいのではなく、あなたが向き合いさえすれば医者も医者になれるということです。

そして、医者も、医者で居たいならば、向き合いさせる努力を怠ってはいけません。 【免許証】には価値はないですから。

 

追伸

冒頭で「愚か者にはわからない話ですし、読んでもらいたくもありません。今すぐ閉じて下さい」といいましたが僕は、「はぁ?ふざけんなよこいつ。何様だよ」と嫌われてでもこの記事を届ける必要があったので、このような書き始めにしました。

書き終えた今の僕の頭は疲労でいっぱいです。何か少しでも届けばいいなと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

shokama

【事業】ウェブ関連・マーケティング 【生い立ち】 1987年4月生まれ。 鹿児島県育ち、現在東京都在住 なぜか引っ越し経験が特に豊富です。 鹿児島(霧島市)→熊本1箇所(夜間大学)→(大学編入)→千葉2箇所→(就職)→福岡3箇所→(転勤)→東京1箇所→(脱サラ)→千葉1箇所→東京5箇所目→石川県金沢市2018年8月~(現在合計15回目) 【仕事】 大学卒業後に大手建設、設備設計担当 2013年~ (Tfas使ってました) 2年後脱サラ(2015年7月) インターネット関連の事業を開始 2015年~