執着の危険性と執着の仕方

おはようございます。最近は、習慣的な出来事がぴたっと終わり、虚無感で過ごしていたのですが、この経験から、「執着」という言葉を細かく話せる気がしたので、書いてみたいと思います。

 

執着することで、手放すことができず、ずるずる悪い方向へいってしまいます。やっかいなのは、この執着というものは、無意識にしている場合がほとんどなのではないか?ということです。

 

この記事を「執着、危険性」と検索して見ている方は、おそらく何か痛い目にあった後に見ているかもしれませんが、一緒にまとめていきましょう。

 

 

執着とホメオスタシス、そして洗脳

 

いきなり強烈なキーワードを出してみました。

「執着」といっても、いろいろな意味での執着があると思いますが、経験からして、痛い目をみる「執着」ということは、上の3つから引き起こされるとおもいます。

 

まず、基本的に、うまく物事を進めていくためには、絞るという行為がとても重要になってきます。絞るということは、これだけを信じて、労力をすべて向けようという強い意志からできることです。

 

弱い人間であれば、この絞るという行為はできないのですが、信念を持っている人であると、これに集中してみようと絞っていくはずです。

 

そして、絞った結果、「いい思い」「しぼったことによる充足感」などを得たとします。その時に、脳内では、自己肯定感が生まれます。 

 

すると、人間はさらに自己肯定感を得るために深く、深く掘っていきます。 

 

一番注意しないといけないときは、このタイミングです。 よく物事をうまく運ぶには「成功は素早く手放す」という言葉がありますが、ここで深く入る際に「本当に深く入って行っていいのか?」という確認をしておいたほうがいいです。

 

なぜかというと、その自己肯定感をそのまま持ったまま進めていくと、今度は「習慣化」につながっていきます。 一度習慣化してしまったら、今度は、その習慣を保とうとする「ホメオスタシス」というシステムが作動し、その自己肯定感と習慣を保とうとしてしまいます。これが一種の洗脳であり、手放すことがとても難しくなる執着となっていきます。

 

 

執着をするなら守りを入れておく

 

われわれは人生を通して取捨選択を繰り返して生きていくとおもいますが、何かに絞って執着するということは、いいことであると同時にリスクを伴うということを忘れてはいけません。

 

これだと信じていたのに。と後から叫んだところで、絞りすぎていると、終わればお先真っ暗です。

 

なので、守りを入れておく必要があると思いますが、その守りとは「独自の価値観や人間性」です。どういうことかというと、独自の価値観や人間性を切ってまでも、一つのものに執着していくというものは危険すぎるということです。

要するに、魂を奪われた状況の自分です。

 

なぜかというと、独自の価値観や人間性と、ある事柄があったときに、どちらかを切ろうというタイミングが、「悪い執着」の場合、かなりの確率で起きてきます。

 

このときに、自分の価値観、人間性を切ってしまうと、ものすごくハイリスクなことになってきます。

 

自分の人間性という炎を消して、自分の外側にあるものに対して火をつけると、自分が何をしているかわからないという盲点が出てくると同時に、その自分の外側にある火が消えてしまうと、行き場がなくなります。

自分の魂を自分の意志の外側に預けているので、それが消えると魂は自分の中にありません

 

生きていくうえでもっとも重要なものは自分を好きになること

 

こういうきれいごとはいいたくないですが、これは本当に強力だと思います。ノー天気でも自分さえ好きでいられる人は、ポンポン切り替えて生きていけます。

 

まわりでいませんか? かなり自己中だけどポンポン切り替えてうまく生きていく人

 

それは、なんなのかな?とここ数日真剣に考えていたのですが、そういう人は、自分の価値観、人間性を一番に守っています。

 

恋人との相性もそうですが、どちらか片方が「自分の価値観や人間性を曲げた瞬間に、結果はうまくいきません」

 

もしくは、相手の価値観や人間性を曲げようとした瞬間に結果はうまくいきません。

 

このように、自分の価値観や人間性を守ったうえで、執着できることであれば、最高な結果にたどりつけるでしょう。

 

要するに、人は皆、自分のことを好きになることからスタートするのかもしれませんね。

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