社会人と会社員、投資家のポジショニングについて(図示あり)

僕は学生の頃から「社会人」という言葉を使う友人に違和感を覚えていました。

「社会人になったらそういうのは通用しないよ」「社会人にとっては〇〇は当たり前だよ」みたいな、やたら社会人は立派であるみたいな言い方がなんかピンと来ませんでした。

僕は2年遅れて夜間大学に入って、2年後に編入して他の大学の2年次からスタートしているので計三年遅れています。

やたらこういう言葉でなんか下に見られた事が多々ありました。

しかし、社会人とかいうけど、やたら「社会人」という何かに縛られてないか?と思っていたのです。

学生のころからこういう感覚です。

社会人が全てを背負ってるんだ。何もしてない奴は社会人じゃない精神というやつです。

こう考えると窮屈に感じ、おかしくなるはずです。

今回はそんなシーンを思い出して、一度全体のポジショニングについて僕が思うようなイメージを図示してみたいと思います。

社会人とビジネスマンは違う

社会人という言葉を使ってステータスを高くみせようとしている人がたまに見受けられるとおもいます。

冷静にポジショニングとして図示してみました。

このように見ると、社会人というのはステータスでもなんでもなくて、いきている人は社会人という言い方をしてもいいと思います。

今、店のベンチに座ってるのですが、横にいる女子中学生たちも社会人だと僕は思っています。

「社会人だから」「社会人として」という言い方をして威張るのではなく、「人として」と言い換えたほうが自分自身と向き合えると全て綺麗に説明できます。

人としてコンビニを利用する

社会人として、会社員の姿である時はしっかりしていて、会社員としての姿から解放された時に、人としてどうなの?という人がたまにいます。

飲み会の席でのデリカシーのなさ、コンビニの店員への態度の悪さ、自宅のクリンリネスの精神の無さ

こういう人ほど「社会人」という言葉を使って「人として」を度外視した生活を送る傾向があるのかなと思っています。

コンビニだろうと、おにぎりを自分で今すぐ作れないから、「お金しか払えないけど、おにぎりをください。」が人として当たり前の概念なのです。

「金払ってるんだからおにぎりを出せ」と、月で一人で叫んでみてください。

1億円もってようが、おにぎりは月で出てきますか?

これほど哀れなことはありません。

こんな人が「社会人」という言葉を使うこと自体が、僕はなんかピンとこないのです。

上下はなく、どのポジションにいるか?だけでいい

こういうことを書くと、「経営者やビジネスマンが偉い」という概念をしゃべっているように思われるかもしれませんが、それも違います。

全員すごいのですが、変な固定概念があるから「社会人」という言葉を使って威張ったり、「社長はえらいんだ」とドヤッたりするからおかしくなるのです。

ただのポジションでしかないのです。

固定概念を取り払い目標をイメージする

「自分なんて会社員だし学生だし」と自分をその今のポジションで固めてしまうとそこから抜けれなくなります。

今は「サラリーマンとして活動している」と考えるだけでも身が軽くなるはずです。

ほかにも「今は社長として活動している」と、もっとポジションをイメージしながら【社会人】としてやっていけばいいのです。

生まれた瞬間、赤ちゃんですら、社会人だと僕は思ってます。ニート、全ての人は社会人です。

「社会人として、ではなく人としてどう過ごすか?」を考えていくと、楽しくなっていくはずです。

そして、全て社会人と思うことが、人類へのリスペクト精神だと僕は思います。

今回はこれくらいにしておきます!

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