「お金が欲しい」

そういう言葉はよく聞きますが、果たして本当でしょうか?

お金が欲しいならお金は貯まるはずです。

しかし、【なんらかの理由】でお金が無く、お金が欲しい!というのならば、その、【なんらかな理由】のほうがお金よりも欲しいと言うことになります。

つまり、根本的にお金そのものを欲しいと思っていない事に気付くことから、お金への理解は深めていくことができるでしょう。

お金よりも欲しいもの

箇条書きしてみます。

おいしい

たのしい

非日常

新しい未来

未知

はらはらどきどき

見栄、プライド

生活

時間

これらを得るためにお金を出し、お金と交換するということは、欲しいのは【お金そのものでは無い】ということになります。

 

これを知るだけでも、価値の正体が見えてきます。

お金が消える時

「もとが取れる」という言葉も慎重に扱わないといけません。

例えば、100円で鉛筆を買いました。

それを150円で売りました。

「もとは取れました!」

ここまでの視点で見ると、確かに元は取れたかもしれません。

しかし、その利益50円の行方はこれから決まります。

その50円で原価10円のお菓子を買って食べました。

これを繰り返すと、結局は、「元は取れず、マイナスになる」のです。

 

現金という利益で1人でラッキーとかいう発想でいる以上お金は消えるようにできているのです。

思考からお金を消す

お金というのは、ミッキーマウスのように画面を被っています。

(ミッキーマウスのは外見と中身が存在するってことです

ミッキーマウスにカメラを向けているけど、真のミッキーマウスにカメラは向くことはありません。

このように、お金には目が行くけど、お金という仮面の奥まで見るというのが、思考からお金を消すということになります。

お金を通して何が見えているか?の方が大切だということです。

本当の価値は、「無形」にあり

「価値がある!」と思うのは、あくまで個人個人の主観でしかありません。

例えば爪一枚100万円で売れる!というのが常識なレベルに浸透すると手と足の爪合わせて2000万円になるのです。

つまり、本来これは⚪︎円だ!となった瞬間にしか価値は決まらないのです。

円だ!となる瞬間というのが、先ほど書いた瞬間です。

おいしい

たのしい

非日常

新しい未来

未知

はらはらどきどき

見栄、プライド

生活

時間

常識(洗脳)

全部無形なはずです。

そしてこれを保証してくれるようなものが「信用」です。

現金そのものを使ったとしても、結局は無形の何かと交換しているということを知る必要があります。

「え!家ってカタチあるじゃん!」

というかもしれませんが、

 

深掘りすると「快適さ」という無形のものを手に入れるために家という形あるものがある人もいれば、「見栄」で家がある人もいるのです。

 

お金は使った後に名前や形を変える性質があるのです。

無形をばらまく

ということは、無形のものをばら撒いておけば、それを形あるものに見える人がお金という形あるものと交換してくれるのです。

ポイントは、無形を得るために形あるものを示すと、形あるものを差し出し、無形のものを手にするのです。

だったら無形のものをばらまくことで価値は生まれてくるということになるのです。

「元を取れる」というのは、元を取った後にどうするか?まで見えて、「元を取って膨らます」という発言になれないことには、足して引くの繰り返しで、連続するとゼロに近づくのです。

お金が欲しいのか、お金を通して何かが欲しいのか

本当に欲しいものほど無形な何かであることに気付けるかどうかが一つ人生うまく過ごせるかどうかのポイントになるのかもしれません。

脱奴隷

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