インドカレー屋での出来事(インプットマインド)

なにが「インプットマインドだよ」とか思いながらクリックしたかとおもいますが、どういう風にものを受け取れば、「いいものだけに囲まれる」ようになれるかのヒントが書けそうだなと思ったから書いていきます。

 

 

食べ過ぎたからミントのハーブティを飲みながら書いていきたいと思います。

朝ですが、カーテンをまだ空けていません笑

 

アウトプットしている人のエゴを満たす

 

カレーでいうと、カレーを出してくるインド人です。

結論から言うと、要は、たまに食べるインドカレーはとても好きなので、調子に乗って頼みすぎて苦しかったわけです笑

 

 

店内状況としては、自分たちのテーブル以外は誰もいない状態です。

 

だんだん苦しくなってくると・・・

 

〇うわぁ・・・くるしいって顔になる

〇結構多くが残ってしまう

〇食べ方がなげやりになる(だるいかんじ)

 

これは「こちら側の都合」であり、向こうには何の責任もないのです。

という状況で、上記のような食べ方をしたら、もしかしたら提供者に・・・

 

〇あれ、まずかったのかな

〇日本人の口に合わなかったかな

〇店は暇なのに、さらにこんな顔されたら元気なくなるな

 

とか「思う可能性」があります。 考えすぎかもしれないですが、そう思わせてしまう可能性はゼロではないはずです。

 

提供者はどういう風に受け取ってもらいたいかというと・・・・

 

〇あれ、食べきれない量だろうな…と思うけど最後までおいしそうに食べてるな

〇終始笑顔で店にいるな

〇日本まで来て商売できてよかったな

 

このようなことは思うことかなと思います。

ということは、受け手である僕は、これを満たすような食べ方をこころがけるわけです。

「うわぁ・・くるしい」っていうのは、店を出た後にするのです。笑

苦しいとか関係ない

 

受け取り方」をカレー屋の出来事を例に上げて、極端に書いているので、もう少し読みすすめてください。何が言いたいかがまとまっていくはずです笑

 

頼んだ量(インプットしようとした量)は、与え手(アウトプットした相手)には関係ないのです。

 

なので、このこちら側の欲とあちら側のエゴを【シンクロ】させることが、インプットする時の思考として最強と言えるのです。

そしてそれができないなら、しない(受け取らない)のです。

(異性関係でもそうです。 男性ならば、やりたいという欲があっても、相手のエゴを満たせないのであれば、仕掛けないほうがいいです笑 女性ならば、お金目当てで会って、相手のエゴを満たせないなら仕掛けないほうがいいです笑)

アウトプット者とインプット者のダンス

 

この与え手と受け手がシンクロしたときに、初めて奇跡が起こり始めます。

つまり、インプットする側としては・・・・

 

〇インプットする内容を決める

〇インプットする量を決める

 

当たり前なことを書いていますが、ここにさらに

【相手のエゴを満たせないものは受け取らない】

 

ということを入れておくといいでしょう。 

そうすることによって、アウトプット者を責めることはなくなり、インプットしている自分が、インプットしてる内容も量も「相手のために」受け取らないという選択ができるのです。

 

反対にアウトプットする側は、

 

〇インプット者の「真の欲」を満たすことだけを考える(ここのカレー屋では量が多いと思ったとしたら、まずは頼んでみて後から追加でもいいと思います・・とか)

 

(・・・・・書きながら思いましたが、そんな極端に量があったわけではないので、これは注文した僕が悪いですね笑)

 

〇かみ砕ける程度の量を渡す意識をする

 

 

このインプットする者も、アウトプットする者も、「ダンス」をする意識がとても大切だということです。

 

 

エゴのぶつけ合いからダンスへ変換する

 

この「エゴ」のぶつけ合いと「ダンス」は似ている部分も多いけど天と地の差があると僕は思っています。

 

要するに・・・

 

【エゴのぶつけ合い】

アウトプット者

〇これはいいものなんだから、とにかく入れておけよ

 

インプット者

〇え、なにこれ、なんも満たしてくれないじゃん

 

【ダンス】

 

アウトプット者

〇この想いは届くはずだし、どうやったらうまく伝わるんだろう。と頭を悩ませる。相手の状況に意識を傾ける

 

インプット者

〇この発信者から何を学んで取り入れればプラスになるんだろう。個々の部分は相手に意思を伝えて、他の人も同じことをおもうだろうから発信方法を変えてもらおう。

 

上記の用に、同じ【やり取り】なのに「奇跡が起こりそう」なのか「何もない無駄な時間」なのかがはっきり分かれてきます。

 

「何もない無駄な時間」を多く過ごす人に限って「エゴ」が強く、「奇跡」がおこることを願っています。笑

 

「奇跡が起こる可能性が上がるやりとり」ができる人は、このことを知っていて、奇跡を何度も起こしています。

 

 

奇跡を信じたいならば、まずは自分から

 

この「まずは自分から」ということは一見すると負けに見えますが実は「主導権を握れます」

〇発信する場合は、インプット者の気持ちになれるように意識的に発信する

〇インプットする場合は、アウトプット者のエゴを満たせないかを意識する

この意識の先に「ダンス」を感じることができるのならば、その関係性を続けて、無理なら「相手(自分)のために」関わらないのが一番です。

そこに間違った「情」が入ってこないのです。

 

一番無駄なことであり、浪費が進む行為は、「エゴ全開で人と戦い、見栄をはること」です。

「人生の無駄」としっかり自己否定しながら、自分の意識を変えていくほうが、長期的に満たされた人生に変わることでしょう。

 

エゴは、「弱い自分と戦い自分を進化させたいという人」を導きたいという想いから来るものであれば力を発揮します。

「自分が進化する気がなく、ただのかまってちゃん」でエゴがあるのとでは大違いというか、上記の人間の正反対にいることになります。

しかしながら、表面上は「似ている」というのがおもしろいことです。

 

 

この「エゴのぶつけ合いからダンスへの変換」は「誤魔化しながら生きている苦しみの先にある、深い谷に落ちてからやっと気付いて変わっていくこと」だと思っています。

こうやって文章でダイレクトに届けようとしても、この受け取ることを拒むと、変換はまだ先になるんだろうな。。と人には自分でしか超えることができない試練があるんだな。。と感じます。

もちろん、僕、自分自身にも言えることであり、「何を誤魔化しながら生きているかな・・・」というポイントを意識的に直視する努力をしています。

上の図のように、「人をジャッジしている自分」を感じれてた場合は、「あ、自分の中で「何か(※)」がなまけ始めている」であるという風に捉えるようにしています。

僕にもできるので、これを読んでいるあなたにも絶対にできます。

〇人の話から学んで変える →ダメージが少なく、楽だけど聞き入れることがむずかしい。 直視さえできれば超えることができる(はやい)

〇谷に落ちる経験をして気付く →ダメージは多く苦しいけど、こっちの道を人は好む。 直視しなければならない状況が現れる(おそい)

(※)どっちにしろ「直視」することになる。

直視して、自分の信念を変えて行動を変える

このあたりを攻略する記事 → 入れ物と中身の話

 

 

「なにか(※)」

直視して乗り越える努力をしていくと【感謝】というキーワードにたどり着くでしょう。

この記事も、昨日のカレー屋での出来事をかみしめて、直視して、どういう現象が起こったんだろう・・・と考えながら過ごした結果、「くるしいなぁ・・」とかで終わることなく、この記事ができました笑

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ABOUTこの記事をかいた人

shokama

【事業】ウェブ関連・マーケティング 【生い立ち】 1987年4月生まれ。 鹿児島県育ち、現在東京都在住 なぜか引っ越し経験が特に豊富です。 鹿児島(霧島市)→熊本1箇所(夜間大学)→(大学編入)→千葉2箇所→(就職)→福岡3箇所→(転勤)→東京1箇所→(脱サラ)→千葉1箇所→東京5箇所目→石川県金沢市2018年8月~(現在合計15回目) 【仕事】 大学卒業後に大手建設、設備設計担当 2013年~ (Tfas使ってました) 2年後脱サラ(2015年7月) インターネット関連の事業を開始 2015年~