【警告】自分を守らないと他人も守ることができませんよ

 

 

最近感じることがあるのです。

「人に対して優しくすることは、間違えたやさしさだと、リターンを生むどころか、吸われてモチベーションが落ちていく」ということです。

 

自分自身の【行動の種】を強めてくれる要因だけを周りに置かないと、自分も守れないということです。

 

この【行動の種】が育っているのか?すりつぶされているのか?

このことだけを確認することができるだけで、あなたは自分の行動指針を好転させていくことができることでしょう。

 

 

行動のモチベーションを下げた時点で負ける

 

正直、僕は「論理的」に考えるくせが強い分、反転させた「感情」の部分がとてもモロいです。

感情論で考えた時に、かなり失敗します。

 

だからこそ見えてきた考え方なので、うまく伝わるように書いていく努力はしてみます。

 

結論からいうと、「自分の行動のモチベーション」を最優先して生きていかないと、結局はなにもできなくなってしまうということです。

 

人とかかわっていくと、人それぞれ「行動のモチベーション」が異なります。

 

あなたも含め、すべての人は「いい人」だと僕は思っています。

だから感情論で合わせようと思えば誰とでも合うはずです。

 

しかし、これでは組みあがらないのです。 

自分の欲である「行動のモチベーション」が一致したときに関係性に深さが出てきます。

(補足)振動数の話はこの後出てきます。

 

相互に行動のモチベーションが上がることが理想ですが、感情論になったときに、この行動のモチベーションが「すりつぶされる」割合が多くなったと感じたら危険信号ということです。

人への思いやりを「行動のモチベーション」で考える

 

僕は、自分で事業を始めて1年くらいはマインドをあげてバタバタしていましたが、ここ3年くらいはシステム化を行い、時間を作る事を最優先してきたので、「暇」です。

 

つまり、「行動のモチベーション」が下がった状態になり、感情論で物事を考えるフェーズに入ってしまったのです。

 

短期的には感情論はすごく気持ちがよく、抑揚し行動のモチベーションは上がります。

しかし、長期を見据えた時に、感情論だけでは諸刃の剣で、ほとんど組みあがらないようにできていると僕は考えます。

だったら、長期的なゴールを設定したうえで、短期的にとる行動に対して感情論で自分を動かしていくことが「うまくいく方法」「モチベーションが維持できる方法」だろうな。と思うわけです。

 

 

だから人とかかわる際は、「ビジョン」が一致していて行動のモチベーションが湧き続けさせることができるかどうかで明暗は分かれるといったところでしょう。

 

 

自分の行動のモチベーションを守る

 

生きていると必ずこのような感情になったことがあるはずです。

 

「論理的に考えたら、こういうことしていても意味ないけど、まぁこういうのもありだな」

 

このような感情ばかりで生きている人は、おそらく行動のモチベーションは低いはずです。

そして、被害者意識が強く、社会や人を信用できない傾向が強いと思います。

 

しかし、これはあなたが悪いのではなく、そういうものなのです。 誰しもがそうなります。だから安心して読み進めてください。

 

「自分の行動のモチベーション」だけは下げたら、誰もついてこなくなります。

なので、短期的な「快楽」を与え、長期的な「無」を選ぶのか、短期的な「不快」を越えて長期的な「快楽」を取るのか・・・これは決断が必要でしょう。

 

振動数が高いものにすべては集まる

 

「行動のモチベーション」の度合いは自分の【振動数】の値に比例してきます。

この【振動数】という値を意識して今に集中してみてください。

全然振動していない状況が続くと、人は動けなくなり、「飴」を求め始めます。

 

「振動することは疲れる」というのは誰でも一緒ですが、振動し始めるとあとは放っておいても、少しの間は自動で振動しています。

 

しかし、少し経つと、振動は弱まっていきます。

そこに対して、また1点集中して振動させていくのです。

 

振動数あげないとな・・・

→疲れるよな・・・

よしとりあえず動くかor考えただけで疲れるからとりあえず飴をなめよう

 

この最後の2つの分かれ道でどちらを選べるか?がすべてです。

 

(個人的に、全部難しい方にすべて振れという気はなく、割合として6:4以上であればいいのかなというところです。)

 

 

「飴」を扱う力

 

この「飴」の扱いができるかできないかというのも、実は行動できる人でないと「生かすこと」ができないのです。

「行動のモチベーション」を意識した飴の扱いなのか、ただ動く気がなく誤魔化すための飴なのかによって雲泥の差が開いていきます。

 

つまり、「行動のモチベーション」を意識して【振動数】をあげた状態から自分を離した時点で、誰かと共有する「飴」は「毒」になるということです。

 

行動のモチベーションを意識して振動数を維持させるために摂った飴であれば「実」となっていくでしょう。

 

あなたは自分を守れていますか??

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ABOUTこの記事をかいた人

shokama

【事業】ウェブ関連・マーケティング 【生い立ち】 1987年4月生まれ。 鹿児島県育ち、現在東京都在住 なぜか引っ越し経験が特に豊富です。 鹿児島(霧島市)→熊本1箇所(夜間大学)→(大学編入)→千葉2箇所→(就職)→福岡3箇所→(転勤)→東京1箇所→(脱サラ)→千葉1箇所→東京5箇所目→石川県金沢市2018年8月~(現在合計15回目) 【仕事】 大学卒業後に大手建設、設備設計担当 2013年~ (Tfas使ってました) 2年後脱サラ(2015年7月) インターネット関連の事業を開始 2015年~